最高裁判所第一小法廷 昭和28年(オ)230号 判決 1955年4月21日
長野市大字南長野南石堂町一二三八番地の一
上告人
白田美代治
右訴訟代理人弁護士
中島登喜治
鴛海隆
同所同番地
被上告人
寺沢利雄
同所同番地
被上告人
小林米吉
右両名訴訟代理人弁護士
北沢忠三
右当事者間の建物収去土地明渡請求事件について、東京高等裁判所が昭和二七年一二月二二日言渡した判決に対し、上告人から全部破棄を求める旨の上告申立があり、被上告人らは上告棄却を求めた。よつて当裁判所は次のとおり判決する。
主文
原判決および第一審判決を破棄する。
被上告人らは上告人に対し別紙第一目録記載の宅地上に在る別紙第二目録記載の建物を収去し、その敷地
八十五坪を明渡しなさい。
本件訴訟の総費用は被上告人らの負担とする。
理由
上告理由第四点について。
原審において認定した事実によれば、上告人は所有権に基づき被上告人らの不法占拠を理由として建物収去、土地明渡を請求したのに対し、被上告人等の抗弁とするところは、土地賃借権の譲渡を上告人が承諾し賃借権に基づく土地使用の正当権限を有するという一点に帰するのであつた。そして原判決は、借地権譲渡承認に関する特約があつた事実を否定し且つ被上告人等は上告人に対し借地権譲渡の承認を求めたところ上告人はこれに応ぜず却つて土地の明渡を求めたことを認めているから、被上告人ら主張の抗弁は採ることを得ないわけである。しかるに原判決は、判示示談により被上告人らの本件建物所有による本件土地の使用を許容してその明渡を求めないことを約したことを認め、被上告人らの本件土地占有を正権原に基づくものとして上告人の請求を認めなかつた。しかし、示談契約による本件土地の使用権が存することは被上告人らが抗弁として主張しなかつたのであるから、これを被上告人らの利益に帰せしめた原判決の前記判示は違法であつて上告は理由があり原判決は破棄を免れない。そして原判決の確定した事実に基づき裁判を為すに熟するものと認める。(上告人その余の論旨については判断を省略する。)
よつて、民訴四〇七条、四〇八条、九六条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 真野毅 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 岩松三郎 裁判官 入江俊郎)
第一目録
長野市大字南長野字山王千二百三十八番の一
一、宅地 百七十四坪三合四勺
同所千二百四十二番の六
一、宅地 三坪八合八勺
第二目録
長野市大字南長野字山王千二百三十八番の一
一、木造瓦葺平家建居宅一棟
間口五間、奥行四間半
一、木造紙フエルト葺平家建物置一棟
間口二間、奥行二間半
一、木造トタン葺平家建物置一棟
間口五間、奥行三間
一、木造トタン葺平家建物置一棟
間口二間、奥行一間半
一、木造トタン葺平家建物置一棟
間口一間半、奥行四間
昭和二八年(オ)第二三〇号
上告人 白田美代治
被上告人 寺沢利雄
同 小林米吉
上告代理人弁護士中島登喜治、同鴛海隆の上告理由
第一点
原判決はその挙示の書証、証人訊問並びに検証の結果を綜合して『前記須田謹吾は別紙第一目録記載の土地を処分する必要から昭和二十二年三月初旬頃前記青木新右衛門(註・土地賃借人、地上建物所有者)に対しその買受方を交渉したが拒絶されたため右土地の一部で本件土地に隣接する約三十坪の部分の賃借人である控訴人〔原告、上告人〕(本件建物の一部に被控訴人〔被告、被上告人〕等が居住し、前示約百坪の土地を使用していることは知つていた)に対し全部の土地を売却することとなつたが、その際青木新右衛門は須田謹吾に対し本件建物を売渡しても良いとの意向を伝えたことを聞知した、被控訴人等は同月下旬青木新右衛門に対し本件建物の売却方を申入れ、代金一万六千円でこれを買受ける約束ができると共にその借地権の譲渡を受けた上、控訴人に対しその由を告げて右借地権譲渡の承認を求め、従前通り前示約百坪の土地を賃貸されたい旨を申入れたが控訴人はこれに応せずして、却つて被控訴人等に対し短期間内に右土地の明渡を求めたこと、その後同年四、五月頃控訴人は被控訴人等が現に居住する間口五間、奥行四間半の建物の表出入口の通路及び野菜畑として使用して居た前示約十五坪の土地を青木新右衛門から返地を受けたと称して擅にこれに立ち入つて堀り返し(控訴人は右土地は昭和二十二年三月十三日青木新右衛門との間に於て合意上賃貸借の一部を解除してその引渡を受けたと主張するが、この点に関する原審並びに当審証人須田謹吾の証言、原審並びに当審における控訴本人白田美代治の供述、甲第四号証の記載は前掲各証拠と対照して措信し難く、他に右事実を認めるに足る証拠はない)、更に同年六月上旬擅に被控訴人等の前示住宅の表出入口から二尺位離れた個所に高さ一尺位の土盛りをして土台をこしらえ、その上に高さ九尺位の板塀を建てたため被控訴人等方は全く日光を遮断されるに至つたこと、被控訴人等は已むなく長野警察署に控訴人を告訴し、そのため控訴人は同警察署に一、二日留置されるに至つたこと、同月二十日に至り漸く当事者間に示談が成立し、控訴人は前記板塀を撤去した上前示約十五坪の土地を原状に復して元通り被控訴人等に使用させることを確約したので被控訴人等は右告訴の取下をしたものであることが認められる』と認定した上、『以上認定の事実に徴すれば、控訴人は前示示談により被控訴人等に対し前記板塀を撤去して前示約十五坪の土地を原状に復した上被控訴人等の使用を承認したのみならず、被控訴人等の本件建物所有による本件土地の使用をも許容してその明渡を求めないことを約した趣旨であると解するを相当とするから他に特段の主張のない限り被控訴人等の本件土地占有は正権原に基くものといわざるを得ない』と判示している。
しかしながら右原判決後段認定の理由となつた前段認定事実の骨子は、昭和二十二年六月二十日に当事者間に於て示談成立し、控訴人は被控訴人等の住宅の表出入口から二尺位離れた個所に土盛をしてその上に建てた高さ九尺位の板塀を撤去した上、建物敷地の隣地約十五坪の土地を原状に復して元通り被控訴人等に使用させることを約したので被控訴人等は告訴の取下をしたという点にあるのであつて、それ以上でも以下でもない(前段中其他の認定事実は示談に至る経過に過ぎない)。即ち『以上認定の事実』は隣地約十五坪の土地の使用に関して示談が成立したというのみであつて、何等本件建物の敷地八十五坪の部分の使用に触れてはいない。然るに原判決は其後段で突如として建物敷地たる隣地八十五坪の使用をも許容してその明渡を求めないことを約した趣旨と解するを相当とすると判示したのである。驚くべき論理の飛躍である。前提たる前段認定事実は単に約十五坪の土地に関するのみで隣地八十五坪の土地については少しも触れていないのだから、後段で別個にその由つて来るところを示すことなくしては、八十五坪の使用許諾の論定をなすことを許さないとするのが論理の当然である(原判決が『趣旨と解するを相当とする』というが如き表現を用いたのもこれに気附かないわけでもなく、従つて明確に断定するに躊躇したのでもあろうか)。換言すれば原判決は本件八十五坪の建物敷地について何等理由を示すことなく被控訴人等の抗弁を認容したものであつて、此点に於て原判決は理由不備又は齟齬による法令違反あるものである。
第二点
原審は前示第一点特記の事実認定を為すに当り『……原審並びに当審証人青木新右衛門……の各証言……を綜合すれば』と説示しているのであるから、第二審証人青木新右衛門の証言は該事実認定につき有力な因子となつたものと思われる。然るに本件記録のいずれの部分を索めても第二審に於ては証人として青木新右衛門を尋問した形迹を存しない。
これによつてこれを見ると原審は同証人を尋問しながらこれを調書に記載しないか、或は当事者不知の間に同証人を尋問したか、何れにしても第二審に於ける同証人の尋問に関する規定の遵守は調書によつて証明されないものであるから、かゝる人証の基盤に立つ原判決は違法というの外ない。
第三点
上告人は本件土地の所有権を根拠として被上告人等は何等の正権原なく土地を占拠するが故にその明渡を求めると主張しているものである。そして被上告人等は上告人の所有権を争わないのであるから上告人の請求を排斥するには裁判所は須らく被上告人等にその占有を正当ならしむべき根拠として地上権とか、賃借権とか其他具体的な権利あることを確定するのでなければ理由を附した判決ということはできない。何となれば単純に物上請求権の行使を拒否された上告人はこの判決確定の後に所有土地を自ら使用することを得ないし、又他人の土地使用について如何なる理由によるかをも知り得ない。収益もなし得ない。而も他日に於て賃借権確定の訴を為すへきか、地上権確定の訴を為すべきか、使用貸借として返還を求めるべきか、全く暗中模索をする外ないわけで徒らに焦慮するばかりである。かくの如きは財産権を有しながら受ける保護極めて薄く、むしろ却て判決により財産権の行使を侵されているものというべきである。被上告人の抗弁事実については所謂確定力を生するものでないかも知れない。しかしそれとこれとは別である。上告人の有する権利を行使するのを拒否すべき具体的な権利を明示しないで漫然拒否の理由ありというは一片の強弁に過ぎない。原判決は理由不備の違法あるものである。
第四点
本件に於て上告人は被上告人等の土地賃借権譲受を承認しないことは原判決の確定したところであるに拘らず、理由末段に於て単に『上告人は被上告人等の本件土地使用を許容してその明渡を求めないことを約した』とするのは被上告人等は賃借権譲受の承認を得たというのか、新らたに賃借権或は地上権の設定を得たというのか、或は又何等の有名契約によることなく単に無償で無期限に土地使用の権利を得たというのか甚だあいまい、不明確である。
(イ) 後者であるとするならば、上告人が相当高価を支払つて本件土地を入手した事実、被上告人等の前主(建物の)青木新右衛門に対しては賃貸借により当然賃料を収取し得べき地位にあつた事実、上告人は重量物運搬業という職業柄相当広い場所を必要とし本件土地も明渡を得て自ら使用できることを期待して入手した事実(第一、二審上告人本人の供述による、此点は原判決の認定に反する部分ではなく、従つて原審の措信し難いとする部分に当らない)を全く無視した上、特段の理由もなく被上告人等の利益に認定したもので、採証の法則に背き理由不備の違法を侵したとする外ない。しかのみならず被上告人等は本件土地百坪の使用について「原告(上告人)は従前通り被告(被上告人)等に賃貸すること確約し訴外青木から被告等に対する前述賃借権の譲渡を承認した」と主張したものであるから原判決が単純に『本件土地の使用を許容してその明渡を求めないことを約した』とするのは被上告人等の主張せざる事物をこれに帰することになるもので此点に於ても違法を免れない。
(ロ) 原審認定が前者であるとすればどうか。警察官として告訴を取扱い示談に最も深く関与した第二審証人桜井常夫は第一回尋問「告訴の理由は控訴人が被控訴人等の居住家屋の前に高い塀を建てたり被控訴人等の畠の林檎の木を伐採したからとのことでした」「私は控訴人の意向を一応聞き其旨被控訴人等に話しましたところ控訴人の方で以前のやうな状態に戻すならば告訴を取下げると申してゐましたので早速控訴人に此旨話し同人と小林米吉に私の部屋に来てもらいこゝではつきり控訴人は以前の状態に戻すことを約束し告訴を取下げることになりました」第二回尋問「(告訴の内容は)被控訴人両名がそれそれ賃借する家屋の塀を控訴人が毀したり畑を掘り返してしまつたというやうな内容であつたと思ひます(問 控訴人が被控訴人等の賃借する家屋の側へ高い塀を立てゝ採光を遮断したということは)答 同時にあつたと思ひます」「結局問題の起きる前の状態に復し問題を白紙に返すということで双方円満に解決することになり被控訴人等は告訴を取下けました」「(その後のことは)遮光物を取り去つたと云うことを聞きましたがそれ以外には別に関心を持つておりませんでしたので知りません」「問(告訴の件は前に復すということで話合が出来たと云うのですか)答 そうです」と陳述し、被上告人等の最も有力な応援者であつた借家組合組合長下平績は証人として第一審尋問「私は告訴前もそうでしたが取下の相談に来た時も隣同志の事であるからなるべくなら円満に解決すべきであるが自分の権利の最低限を守るためにするのだから取下けるにしてもはつきり書面に示談の結果と書いておくように注意しました。其の和解の内容は塀を取り外し元通りにすると云う話だつたと聞きましたが被告等は其の旨の書面も作らずに取下げたようです」第二審尋問「四、告訴するに至つたのは控訴人が被控訴人等居住の本件家屋の軒すれすれに塀を建ててしまつたため家屋内に全然光線がはいらず、特に被控訴人小林の家には脊髄カリエスを病んで居た子供があつたので証人は前述のやうに控訴人の方に中止を願つたが聞き入れられなかつたので証人が被控訴人等に告訴するやう勧め新聞社にも連絡してそのことを新聞に掲載してもらつたのです 五、其後被控訴人小林からの話によると控訴人の兄が東京から来て控訴人と被控訴人との仲に入り一切を白紙にするから是非告訴を取下げてもらいたいとのことであり被控訴人等も納得して告訴を取下げたことの事でした」と陳述して居り、これに甲第五号証勾留状中被疑事実「前略、借地耕作人たる被害者小林米吉、寺沢利雄の意に反し耕作地十四坪の麦、野菜等を掘り返し之を毀棄し且同地籍にありたる高さ四尺、長さ四間程の板塀を壊し自宅に持帰り窃盗したものである」との記載を参照して見ても所謂示談においては当事者間の土地賃借権には何等触れて居るものでないことが判るのである。尤も被上告人寺沢利雄の本人尋問調書には第一審尋問「上略、原告を告訴しました 中略、私達も告訴を取下げました、この話の際には原告も出て来て一緒に話し合い塀は直ちに取り除くし本件土地も今迄通り貸して置くと判然約束しました 中略、その際地主の須田さんのお宅へ土地の事をお願に行つた、その晩貴方(問者原告に対して言う)のお宅へもお願いに上つた筈です、そしたら貴方は期限を定めろと云われ私共は急に期限を定められても困ると云つて話合が出来なかつた訳です、その後にも須田さんを通して貴方にお願して貰つた筈です」とあり、又被上告人小林米吉本人尋問調書には第一審尋問「私も止むを得ないと思い告訴致しました 中略、警察では原告も交えて話合い原告は元に戻すから取下けて欲しいと云う事で私としても 中略、取下げてもよいと思いました 中略、私も念を入れて原告は塀を取り除き土地は従来通り貸して置くと云う約束を判然して貰い取下書にもその旨を警察の前の代書人に書いて貰つて取下げた訳です」第二審尋問「五、控訴人を被控訴人方の塀をとり去り且つ野菜畑を取り除いたという理由で告訴したのです 六、右告訴事件についてはこの人の兄も警察に来て控訴人のしたことは人道にも外れてあることであるしするから白紙に戻して従来通り地所を被控訴人等に賃貸すると云うことであつたので告訴を取下けたのです」とあつて、上告人が土地を従来通り貸すことを約したと称するが従前には賃貸借は成立していない。又対抗されるべき関係にあつたのでないし、なお上告人の土地買入の目的にも反するのであるから上告人が更めて貸すわけもなかつたのである。被上告人等の右陳述は根拠のない、そして自己の利益に傾いた漠然たる希望的意見を表白したに過ぎないと見るべきである(かようなことは本人尋問に於て屡見受けられることである)。殊に示談書又は告訴取下書に約旨を記載したと称するも其事実のないことは証人下平績の証言、甲第六号証(告訴取下書)に照らし、又それ程に被上告人等に有利な証拠と見るべきものが本訴に提出されていない点から見ても明らかで該陳述が架空に過ぎないこと自ら明らかである。原審がこれを採用したとすればそれは全く採証の法則に違反して「自由ナル心証」の濫用に陥つたものである。而して右本人等の陳述の其他の部分と前示の通り証人桜井常夫、同下平績等の証言並びに甲第五号証(勾留状)、甲第六号証(告訴取下書)とを参照すれば却て示談は約十五坪の部分に設けた塀の撤去と被上告人等の耕作物の原状回復とを約しただけで土地賃借権については何も取極めのないままに成立したもので、殊に隣地たる本件建物敷地の賃貸借には全く関係なかつたと認定すべきである。
(ハ) 又原判決は前示中者、即ち新たな賃借権或は地上権の設定を認めたものとすべきか、これは被上告人等の抗弁として主張せざるところであり且つ全く其証拠を缺くものであつて多く言うをもちいない。
原判決が賃借権譲渡の承認或は新たな賃借権或は地上権の設定を明言しなかつたのはその限りにおいて正当といえよう。然し被上告人等本人尋問の結果などを援き来つて、被上告人等は土地使用の許容を受け上告人はその明渡を求め得ないと断定したのであるならばそれは理由齟齬の違法に陥つたものであり且つ理由不備といわねばならない。
第五点
原審において主張ありたるものとしてその記載を引用した第一審判決の事実摘示中被上告人〔被告、被控訴人〕等主張部分によると、被上告人等は昭和二十二年六月二十日告訴を取下げその際上告人は板塀を撤去し、其の他全部を原状に復すると共に約百坪の土地は之を従来通り被上告人等に賃貸することを確約し、訴外青木から被上告人等に対する賃借権の譲渡を承諾したものであるとある。即ち被上告人等の主張は訴外青木から本件土地の賃借権譲渡を受けこれにつき上告人の承諾を得て上告人との間に甞て上告人と訴外青木との間に存したと同じ賃貸借関係が存続するというのであるから、原審は須らく此点について審理判断を加えなければならないのである。然るに原判決理由には、上告人は約十五坪の土地を原状に復した上被上告人等の使用を承認し本件建物所有による本件土地八十五坪の使用をも許容してその明渡を求めないことを約したと解するを相当とすると判示するのみで、何等賃借権譲渡及其の承認には触れるところがない。
然らば原審は被上告人等の此の抗弁を認容しなかつたものと解するのが至当であるから被上告人等には上告人に対抗し得べき正当な賃借権が存しないといわねばならない。ところが上告人に告訴されたような所為があつたということのために、示談条項として被上告人等の主張にない一種無名の権利が発生しそれが正権原であると判示して上告人の請求を排斥されたのは理由不備あるものというべきである。
第六点
本件土地百坪は元訴外須田忠三の所有に属していたが其頃訴外青木新右衛門に賃貸され、同人は其内八十五坪の地上に建物を所有し、被上告人等は其の家屋の賃借人であつた。一方上告人は訴外右須田忠三の相続人須田謹吾から土地所有権を買受けたので訴外青木との間に承継により土地賃貸借の関係を生ずるに至つたが、其後右青木は地上建物を建物賃借人たる被上告人等に売渡し且つ同時に土地賃借権を所有者上告人の承諾を得ることなく譲渡したというのが本件土地をめぐる法律関係である。然らば被上告人等は土地賃借権を以て上告人に対抗することを得ず上告人は所有権に基ずき被上告人等に対し土地明渡を求め得べき地位を有するのであるから焦慮することなく悠々其の権利を行使し得たわけである。然るに重量物運搬業(トレーラー、トラツク其他大型自動車を用い主として水力発電用器械などの運送に従う)というような大まかな業務に従事してん淡率直な一面、気短かで粗野な考え方をし易い上告人は、思慮浅くも原判決認定の様な粗暴な所為によつて自力救済を行わんとしたことは、他方相手方にも相当不信暴慢な所為があつたにもせよ誠に遺憾な次第で、これがために恐らくは人々の同情をかち得なかつたであろうことは想察に難くない。然しながら裁判は合理的でなければならない。理論と規律を外にして情に駛るは法を逸脱するものである。前顕告訴の結果成立じた示談は何れの証拠によつて見ても上告人の約十五坪の土地の掘り返し、板塀の建設等一連の占有の侵奪的所為の撤回による原状回復以上に及ぶものでないことは前諸点で論じた通りであつて、これを超えて本件土地の恒久的貸借関係が成立したものとして上告人の請求を排斥した原判決は採証の法則、経験律等理論を蔑視した違法ありとの謗を免れない。
第七点
前諸点に掲げた原判決の過誤は、従前の大審院、最高裁判所、高等裁判所の為した種々の場合の判決例に反するものであり且つ原判決はこれにより上告人の権利の伸張を阻害し財産権を侵害するに至つたもので、畢竟憲法第二十九条の解釈を誤つたか、又は憲法に違反して法律を適用したものというべきである。
以上